犬と人間の精神が入れ替わってしまったことに端緒がある事件です。ナノマシンなどを駆使した電脳化が進んだ世界なので、脳の物理的なハードウェアの差を乗り越えてしまっているのではないかと思われます。人間の精神というソフトウェアを、犬の脳というハードウェアで稼働させるのは少々無理がありますからね。逆もまた然りだと思われますが。
ポイントはダップーの姿で依頼をしにきた石尾氏は (恐らく、犬好きで知られる押井守氏の姓のアナグラムだと思いますが) 犬と同じになりたかった。彼の思いは犬と人の差は主従という関係性になる、そしてそれは真のパートナーシップではないのではないかという思いです。これは、ストーリーのテーマとも関連がありますがパートナーシップとは同一化が究極の到達点なのかという問いにつながるでしょう。
しかし、違うものだからこそパートナーシップを求めるというのも一つの答えではないかと思います。アイドルマスター XENOGLOSSIA において、如月千早はインベルと溶け合おうとしました。しかし、インベルはそれを拒否した。これと同じ理屈で相手に同化してしまってはそれはもはやパートナーシップではないのではないかと思います。つまり、異なる者が手を取り合うところに価値があり、同じ者になることを指しているのではないのではないかと。
システムとして考えれば、同じ者であれば同じところにウィークポイントがあります。工学的には単一障害点 (Single point of failure) と定義できるでしょう。生物は同じ者を作らない、しかし有利な形質は後に伝えるという一種の矛盾した要件を遺伝というシステムにおいて託してきたと思います。それゆえ、異なる性の間で染色体を半分づつ掛け合わせるという形が残ってきたのではないかと思います。
その意味では石尾氏は誤ったのではないかと思います。そして、それを伝えたのはダップーとの触れ合いというところに面白さを覚えます。面白い、ストーリーの話であったと思います。
単一障害点: システム内の特定要素に障害が発生した場合に、その要素の障害に起因してシステム全体において、必要なサービスの一部又は全体が提供できなくなってしまう、そのような要素。すなわち、同一の存在であれば障害が発生する状況下では全ての個体で発生する可能性が高い。この場合、種を一つのシステムと考えて単一障害点という単語を用いている。

